「私がいなければ」論

「私がいなければ」論

(20/05/10 10:35自身のgooブログより転載。)

「私がいなければ」論に覆われた頃、私も苦しんだ。
社会的立場が不安定ながら、才色兼備で家はやや裕福な家庭の嘉奈家は、私の社会的立場以外に大きな弱点は無かった。
私の家はアジアヤクザらに狙われ続け、周囲を味方につけるヤクザらはとても狡猾で、国籍取得の為に生地に戻って頑張っていても、きらきらした見た目が悔しいのか、モテたらしい「私がいなければ」、みんなが通常の運命を歩めたのに!と嫌悪感を扇いだ連中。
私が那覇で生まれたのは私の運命で、そこで育つのも運命の1つだ。私に出会うのも運命の1つで、好きになるかは別に運命ではないから、そもそも、私の存在だけで、好き嫌いの運命は変わらない。
私は大勢の男を欲しがらないから、誰かに好かれても付き合えるのは1人か2人で、別に大したヒズミは起きない。むしろ、大勢の男を欲しがる女(ヤリ×ン)の方を警戒したらどうだ?
私の存在は、むしろ、そういう女を抑制できるだろう。
才色兼備な私が、デタラメに開脚しないのだから。

出会うくらいは運命の範疇。

コメント